1.前回のコラムと今回のコラムについて
前回は職業準備性ピラミッドの考えに基づいて準備を行い、最終的に障害者枠で就職をされた方の事例を紹介しました。(前回のコラムはこちらをご覧ください。)
今回は別の形で就労をされた事例について紹介したいと思います。
※事例の情報は個人の特定を避けるため、一部加工しています。
2.事例の概要
・年齢は20代前半(当時)で、性別は男性。
・県外の大学へ通学していたが、カリキュラム選択等が負担となり、学校へ行けなくなった。
・大学を退学し、地元に戻ってきた。
・私の勤務先の精神科病院で、広汎性発達障害(現在の自閉症スペクトラム)の診断を受けた。
・今後の就労を目指して、精神科デイケアの通所を始めた。
3.この方の特性
・言葉を用いて理解・説明することが得意である。
・一方で、先を見通して計画をしたり、物事の目的や本質を理解したりすることが苦手である。
加えて、特性とは呼ばないかもしれませんが、失敗をしたり、少し気分が落ち込むと、過去のネガティブなことを思い出し、大きな声を出したり、物を壊したりすることがありました。
基本的には人懐っこく、周囲の利用者やスタッフからとても慕われていました。
4.就労へ向けた経過
第3回のコラムで登場した方と同様に、就労準備性ピラミッドの考えに基づき、就労準備を開始しました。
この方の場合は、健康管理、日常生活管理、対人技能についても、比較的準備ができており、精神科デイケアの通所を初めて3か月程度で、就労支援施設で行っている就労準備プログラムに参加することになりました。
順調に準備が進んでいるなと思った矢先、プログラムからの帰りにネガティブなことを思い出し、大きな声を出してしまうということが何度も起こりました。
精神科デイケアでの通所時に比べ、明らかに頻度が増えているのです。
支援するスタッフもご家族もとても心配しました。
当初はプログラムに参加するストレスや疲れが原因となっていると考えていましたが、ご本人と面接をすると、「プログラムに参加すると『障害者である自分』を突き付けられているようになり、とても辛くなる」と語りました。
発達障害と診断されたことで、今まで困っていたことが障害だったと思うことで、とても気持ちが楽になったと言われる方もいます。一方で、誰にとっても「自分には障害がある」と受け入れることは難しいし、苦しいことです。
そこで、ご本人と話し合い、就労準備のプログラムは一旦見送ることにしました。
ご本人の希望は、発達障害としてサポートを受けながら仕事をするよりも、まずは発達障害ということは伏せて仕事をしてみたいということでした。
いきなり正社員を目指しての就職活動は、ご本人もご家族も支援者も早いと感じ、まずはアルバイトから始めてみてはどうかということになり、
飲食店のランチのアルバイトを始めることになりました。
アルバイトを始めてからは、大きな声を出すことはほとんどなくなり、会う度にとても充実感が伝わってきました。就労準備や働く形に正解はないのだなと感じた事例でした。